その四 誰かが来る
萌三達はアパートの階段を駆け上がり、外廊下を駆け抜け、千津美の部屋のドアの前で止まった。
「ふふん」
萌三は不敵に口の右端を上げて笑うと、革ジャンのポケットから小さな針金を出した。針金を鍵穴に入れると、カチリという音と共に呆気なく鍵は開けられた。
萌三はドアノブを掴むとヤキトリ二人組を振り返った。
「いいか!やろうども!彼女に手荒な真似すんじゃねえぞ!金を盗るのもダメだ!パンツだけを頂けばいいんだからな!」
ヤキトリ二人組は目出し帽を被っていてもわかるほどウンザリとした様子で返事を返した。
焼「言われなくても何にもしませんよ…」
取「そうですよ、あんなガキっぽい女にそんな気おこりませんって…」
「ふんっ」
萌三は思い切りドアを開け、部屋に上がり込む。そして歌舞伎役者か仮面ライダーさながらに大見得を切り叫んだ。
「志野原千津美君!俺は泣く子も黙る七尾町一のワル、紫田心萌三!!!観念しろ!大人しく君のパンツを渡してもらおう!!!はーはっはっは!!!」
「キャー!!!、ドロボー!!!藤臣くん!助けてーーー!!!」
哀れ千津美の悲痛な叫び声が部屋中に響き渡る
……はずだったのだが、
「え……?」
しーーーーーん……ノーリアクションである。
「えっ?あれ?あれ?」
萌三は慌てた様子で部屋中をキョロキョロした。
綺麗に整えられた女の子らしい部屋。さっきまで人が生活していた跡がはっきりと存在する。
だが、千津美の姿はない。
「な、何故だ…!?外からははっきりと人影が見え…おい!お前ら!何やってる!」
萌三が後ろを振り向くと、ヤキトリ二人組が萌三に背を向けてうずくまり、肩を大きく震わせながら必死に笑いを堪えていた。
焼「おい、今の何?時代劇じゃねーっつうの…ククク」
取「どこの世界に本名名乗る下着ドロボーがいるんだっての(笑)ヒヒヒ…」
「聞こえてんぞ!お前ら!」
「ぎゃーっ!!!」
萌三は相当ばつが悪かったのか、二人に強烈なゲンコをポカスカとお見舞いした。ま、早い話八つ当たりである。
「痛えじゃねえか兄貴ぃ…」
二人は頭をさすりながらながら文句を言う。
「そんなに笑うことじゃねえだろ!?」
いや、笑うことである。
「まあ、いい!居ないならいないで好都合だ!さっさとブツを頂いてズラかるぞ!お!ここかな?」
萌三は気を取り直して、真っ先に目に入ってきた備え付けの古びたクローゼットの扉を乱暴に開けた。
「……えっ!?」
三人の顔に困惑の表情が浮かんだ。
クローゼットの中は空っぽだった。パンツはもちろん、洋服やバッグも仕舞われていなかった。
「そ、そんな…」
萌三は慌ててクローゼットの隣にある小さなタンスの引き出しを開けてみても、やはり全てが空っぽだった。
焼「お、おかしい…何もないってどういうことだ…?」
取「それにさっきまで、あの女、確かに部屋にいたはずなのに…一体何処に…?」
「しっ!」
萌三は突然口元に人差し指を立てた。
「な、なんすか兄貴?」
「喋るな!…誰か…くる…!」
「えっ…!」
ヤキトリ二人組は玄関の方を振り返った。
カン…カン…カン…
耳を澄ますと、確かに誰かがアパートの階段を上がってくる足音が聞こえる。
「だ、誰だ…?あの子以外誰もいないはずだが…大家か?」
「いや…大家もゴールデンウィークで京都に旅行にいってるはず…」
やがて足音は外廊下を歩くコツ…コツ…コツ…という音に変化した。
三人の顔がみるみるうちに青くなっていく(目出し帽は被ってるけど)。
重厚で落ち着きのある足音から、その足音の主が非常に大柄な体躯の持ち主であることがはっきりと分かったからだ。
「ま、まさか……(滝汗)」
「あ、あいつ…?」
そしてその足音は千津美の部屋の前でピタリと止まった。
コンコンとドアがノックされた。
「志野原、俺だ、開けてくれ」
「!!!!!!!!!!!!」
ドアの向こうから響く深くて低い、それでいて良く通る声に萌三もヤキトリ二人組も恐怖のどん底に叩き落とされた。
忘れもしない、間違いなく藤臣功その人の声である。
「なななな、なんで藤臣がここにいるんだっ!?札幌にいってるはずだろっ!?」
「ししししし知りませんよっ!おれが聞きてえよっ!!」
コンコン、再びノックの音が聞こえた。
「志野原、いないのか?」
三人はもうパニック状態である。
「ど、どうすれば…」
三人共、頭の中が真っ白だ。そして悲しいかな、人間は焦るとたいてい碌でもないことを思いつくものである。いつもは自信家で大胆不敵な紫田心萌三でさえ、その例外ではなかった。
「良い考えがある!!!」
萌三は足音を忍ばせて玄関のドアに素早く近づくと、一つ深呼吸をした。そして、
「藤臣くん♡、私、今シャワー浴びてるの♡、今バスタオル一枚だけで何も着てないの〜♡恥ずかしいから今夜は出直してくれる?お・ね・が・い♡」
萌三は思い切り裏声使って可愛(つもり)く喋り、千津美のなりすまそうとした。それで功を追い返そうとしたのだ。
「あ、兄貴…もうお終いだ…」
「ななななな何が良い考えなんだよぉ…」
ヤキトリ二人組はこの萌三の暴挙に、まるでムンクの「叫び」か映画「スクリーム」のお面のような顔で(目出し帽を被ってるけど)なす術なく固まっていた。
「…………(滝汗)」
ドアの向こうから、気まずい沈黙が伝わってくる。
(や、やった!騙せた…)
萌三がホッと胸を撫で下ろしガッツポーズをしたのも束の間、
「誰だ…?」
「…えっ?」
「誰だと聞いてるんだ!!!!」
功の凄まじい怒号が響きわたる。大方の予想通り事態を悪化させただけだった。
「なんだ、その志野原と似ても似つかないキモチノワルイ声は!!!!」
「き、気持ち悪い…?」
萌三はちょっと、いや、かなり傷ついた。
「な、なんでバレたんだ!?」
「なんでバレないって思えるんだよ!!余計なことしやがって!!」
流石に焼田は声を荒げた。
「志野原に何をした!!!!?サッサとドア開けろっ!!!でないと蹴破るぞ!!!!」
凄まじい怒号とドアを蹴飛ばす音が部屋中に響きわたり、三人はもう生きた心地がしない。
取「ひー、助けてくれ!」
萌「仕方ない!窓から逃げるぞ!」
焼「ダメです!ケガしますよ!」
萌「じゃ、どうするんだっ!?」
涙目の三馬鹿はただ無意味に部屋中をウロウロするばかりだった。
「うわっ!」
そのうち萌三は足がもつれてて、空のクローゼットの中に身体ごと倒れ込み、中の天板に頭を思いきりぶつけた。
「いてー!!!」
そこで意外なことが起こった。バンっという音と共に、クローゼットの天板は後ろに倒れ、奥の方に空間が現れたのである。
「な、なんだ…?」
萌三は恐る恐るその空間に頭を突っ込んで中を見回した。そして目を輝かせると、ヤキトリ二人組を振り返った。
「おい!野郎ども!ここは隠し部屋だ!」